富良野

   人生に影響を与えたドラマがあるとしたら、思い浮かぶのは2つ。


ひとつは、ふぞろいのりんごたち🍎 

もう一つは、北の国から 


この北の国からの世界に、ついに行くことができた。


よほどの衝動か、何かしらの必然性がないと、すっかり旅に出なくなってしまったので、今回のフラ合宿はとても良い機会を与えていただいたと思っている。


富良野


山々に囲まれた一面畑の景色を眺めつつ、麓郷村の 黒板五郎が建てた丸太小屋や、石の家、廃棄物で作った家を眺めた時、自分の中にある 本来求めている感情が フツフツとわき出てくるのを感じた。


私は、こういう暮らしにいつも憧れていた。そんな気がする。

与えられるモノではなく、自分で生みだすこと。

そして、自然と調和して生きること。

日々仕事に励んでいる中で、時々 自分の中に違和感を感じるのは、その均衡が保たれていないと感じるからのような気がする。


お金が入る。簡単にモノを手に入れる。愛着もたいしてないものが自分の前に並ぶ。時間がない。てきとうなものを口にする。自分の体がてきとうなもので作られている感覚。時々、こういうことに、とてもやりきれなくなるのだ。


でも、ものづくりをしている時は違う。心が満たされるのを感じる。自然と対話しながら、レイをつくったり、楽器をつくる作業がそれだけで幸せなのは、それが人間の本来の姿だからなんだと思う。


私がブラジルにずっとひかれ続けるのも、坂口恭平にひかれるのも、タイルにひかれるのも、ヒロ先生にフラを学んでいることも、全部 心が欲することであり、神に祈ることと似ている。


全ての行動は、自然と調和するためのものであり、心の平和を保つための作業のようなもの。だとすると、それは神への祈り、そして対話である。


こんなことを考えていると、久々に教会へ行き、静かに祈りたいと思った。

祈りの時間が必要だ。


ただただ 心静かに祈りたい。


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